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(元)バックパッカーな園芸家・伊藤章太郎がとりあえず植物のことを中心に、それと昔の旅行記のこととか綴ってます。

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思い出し旅行2002

思い出し旅行2002 ~アフリカ大陸縦断 南アフリカ編 最終~

投稿日:

どもども~(^^)v

本日は「思い出し旅行2002」の日でございます。

前回の内容

前回は、

とにかくヨハネスブルクがどれくらい治安が悪いか、というね。実際にヨハネでやられた人からの体験談、バスからの街並みを見て「ここは絶対に歩けないな」と思ったことなど、とにかく治安が悪い!

といった内容でしたかね(;^_^A

前回の内容はこちらで↓

思い出し旅行2002 ~アフリカ大陸縦断 南アフリカ編 その6~

どもども~(^^)v 本日は「思い出し旅行2002」の日でございます。 前回の内容このような内容になってます1 前回の内容2 登場人物3 ブルームフォンテーンを後に4 ヨハネスブルク4.1 最恐・ヨハ ...

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登場人物

・Kさん(男)・・・関西出身。当時26歳。知り合った時点で96ケ国制覇。見た目は元サッカー日本代表の岡田監督。アジア大陸横断、アメリカ大陸縦断経験者。南ア・ケープタウンにてウガンダとルワンダの国境以来の再開。タンザニアで暴漢に襲撃され頭部を負傷。

南アフリカ共和国、通称南アフリカは、アフリカ大陸最南端に位置する共和制国家で、イギリス連邦加盟国である。東にスワジランド、モザンビーク、北にジンバブエ、ボツワナ、西にナミビアと国境を接し、レソトを四方から囲んでいる。 ウィキペディア
国番号+27
通貨ランド
人口5496万 (2015年) 世界銀行
公用語英語、 アフリカーンス語、 ズールー語、 コサ語、 ソト語、 ツワナ語、 北ソト語、 ヴェンダ語、 ツォンガ語、 スワジ語、 南ンデベレ語

 

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プレトリアにて

ジャカランダの町と称されるプレトリア(^^)

治安が悪くなりすぎて政府機関が機能しないためにヨハネスブルクから60km北にあった都市を新たに首都としたという信じられないような実話がある町、それがプレトリア。

またプレトリアは「ジャカランダの町」ということでも有名です。僕が訪れた時は年末だったためジャカランダの花はとっくに散り、単なる街路樹になっていたためにプレトリアのジャカランダについてはほとんど記憶にありませんが(^^;)

プレトリアに来た理由は、

レソトに続いてアフリカのもう一つの小国・スワジランド王国に行くためと、

2002年内にアフリカを脱出するためでした。

アフリカ大陸でも最大クラスの空港がプレトリアにはあり、ここから旧宗主国の英国や南米のアルゼンチン、アジアにも行くことができ東南アジアのマレーシアやタイのバンコク、UAEのドバイなど、いろいろな地域に行くことができます。

そういう訳で、

  • 僕はアイルランドで知り合った欧州の友達に会いに行こう
  • Kさんは南米へ(2回目)

ということでプレトリアに着いてすぐに旅行代理店に行きチケットを手配し、スワジランド王国へ。

プレトリアでは町を歩いた程度で本当に何もせずに、泊まっていた安宿にドでかいトランポリンがあってそれで遊んでたくらいしか記憶がありません(-_-;)

スワジランド王国

スワジランド王国、通称スワジランドは、アフリカ南部に位置する立憲君主制国家。イギリス連邦加盟国のひとつ。周囲を南アフリカとモザンビークに囲まれた内陸国でもある。首都はムババーネ。 ウィキペディア
人口: 128.7万 (2015年)世界銀行
通貨: リランゲニ、 ランド
公用語: 英語、 スワジ語
 それで2002年の12/22だったけな、プレトリアからスワジランドの首都・ムババネに移動しました。

これまた、特に「何をしよう」と思い訪れた国ではありませんがレソトと同じように

絶対に今後の人生で訪れることはないであろうから

という理由のみ、でした。

ほんっとに何も考えずに立ち寄った的な感じで、泊まった宿の陽気なオーナーから野生動物を見に行くサファリ・ツアーの勧誘を受けましたが、

ごめん、ケニアでツアーに参加してここまで来るのに色々見て来たからさー

と伝えるとすごくビックリされ逆に色々聞かれましたねー(^^;) 

野生動物のビック5というものがあって、サイとライオンと・・・とあるのですが、南部アフリカのビック5は違うぞ!と熱く語られましたが、

ごめん・・・・それもここまで来る間に色んな所で聞いてる・・・・

などなど、こういう会話からだいぶ遠くに来たんだな、と実感。

スワジランドに来たのがちょうどクリスマスの時期とかぶり、陽気なオーナーは強制ではなかったですが宿泊客全員に

クリスマスパーティーをやるから参加するならプレゼントを買ってきてな!

と声を掛けていて、正直僕はこういったノリはあまり好きではないですがせっかくだし、とKさんに言われ参加しました。Kさんはこういったことが好きな人でしたね。

パーティー的に何か歌を歌ったりとかではなく、15人くらいが宿で一番広い場所に集まって「円」の形に座って右から左に各々のプレゼントを渡していき、

といったもので、最初は宿のオーナー一人がテンションが高ったですがお酒が入ったりし他の宿泊客と話したりして、

こんな感じで2時間くらいのパーティーでした。

パーティー当日は宿泊客のほとんどが参加していて、参加していなかったのは出稼ぎに来ていた中国系の宿泊客だけ、

という日本人的に

「参加だけでもしておいて良かった~参加しなかったら浮いてたわ~」

という「仲間外れにならないように雰囲気を読む」的な、なんていうか

みんなと一緒

って言うのでしょうか、Kさんとプレゼント交換が終わった後にこそこそそういう事を話してました 笑。

スワジランドはこれくらいでしょうか?覚えているのは。宿が国立公園の中にあって夜は野生動物がたまにウロつくので出てはならない、という約束事があるなかなかワイルドでしたね(^^;)

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脱・アフリカ

スワジランドからプレトリアに戻った2日後、日本に戻る前に欧州の友達に会いにスペインなどに行くためにロンドンに。プレトリアから直接スペインには行けないので経由になるんですよね。

Kさんはプレトリアで年越しをして、確か1月2日だったんじゃないかな~アルゼンチンに向かったの(^^;) 

上の画像は2002年の9月10日?だったけな~エジプトのカイロに降り立ち2002年の12月27日に南アフリカのプレトリアを出るまでの移動経路です。

約4ヶ月で移動しました。

上の経路画像は旅行記を書くときに手元にまだ持っている地図を見ながらその都度線を引きましたので間違いないです(^^)

アメブロから書き綴ってきましたが、僕が19歳から21歳の頃の旅行話でした。

ケニアではこういう光景をよく見ました(^^)

特にこれといって「まとめ」とか「こうこうこういった達成感があります!」とか「得られたものは〇〇!」とかそういうのもないかな~ 書く必要もないかと。

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ではこれにて「思い出し旅行」は終了します。

長期間読んでくださった方、ありがとうございました。

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